第6回日本中医学会学術総会に参加しました|松山市の鍼灸院|半身不随、うつ病、がん、不妊症

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研修会・学会参加報告

第6回日本中医学会学術総会に参加しました

研修会・学会参加報告 2016年10月03日

9月17日・18日に開催された第6回日本中医学会学術総会に参加しました。

今回の大会は浅川要先生を会頭に『日本中医学の創造を目指して』という総合テーマで開会されました。会頭の浅川先生は30年ほど前になりますが、私が初めて購入した中医学の専門書である『鍼灸学』の翻訳者の一人であります。当時は中医学を学ぼうと思っても、ほとんどが中国語で書かれたもので、翻訳された専門書がなく、学習する場もありませんでした。そのような中、この『鍼灸学』は私たちに中国の鍼灸学とはどのようなものかということを示してくれる大変貴重な参考書となりました。

 

今回の大会は鍼灸師でもあり、私が最初に中医学に触れることとなった鍼灸学』の翻訳者の浅川先生が会頭ということで、興味深い内容になるのではないかと大変楽しみにしていました。

その中で3つの講演を取り上げて、その概要に私の意見も付け加えてご紹介させていただきます。

 

 

一つは、シンポジュウム①『中医鍼灸は市民権を得たのか?です。

『中医鍼灸は市民権を得たのか?』寄金丈嗣氏(六然社主宰)、『経絡治療から見た中医学』岡田明三氏(経絡治療学会会長)、『中医実践者は中医鍼灸をどうみているか~中医鍼灸の実態調査アンケートより~』井ノ上匠氏(中医臨床誌編集長)、『日本における中医鍼灸の実践』金子朝彦氏(三旗塾)の四人の先生の講演がありました。

 

皆さんそれぞれの立場から自分の行っている治療や現在の中医学に対する考えを述べられました。それぞれの要点をまとめて、それらに対する私の考えも述べたいと思います。

 

まずは、『中医鍼灸は市民権を得たのか?』寄金丈嗣氏(六然社主宰)の考えは下記にその要点がまとめられていると思います。

 

以下、学術抄録から抜粋

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鍼灸界内部の人間が、内部を流派的に分けようとすればする程、自己批判(自嘲の精神?)は失われてしまい、あまつさえ、他者からの批判にも馬の耳になり、建前の議論に陥りがちである。

はっきり言ってしまうと、事、鍼灸に関する限り、治せる人と治せない人が居るのであり、治せる人にとっては、「理屈はどうでもいい」「治せた説明はどの流派方式でも付けられる」のが実態ではないだろうか?現実問題として、脊際の凝りをきちんと解消するだけで、多くの不調は軽減するが、例えば、手技では取りきれない硬結等を鍼で狙っているだけの按摩バリ方式の臨床家に対して、貴方は経絡治療ですか、中医鍼灸ですか、整形外科的鍼灸ですか、それとも「○○方式」ですか?等と質問したら、現実はどれでもないはずなのに格好つけてどこかに○をつけてしまう。では、選んだそのものの正体はどういうものですか?と問いただしてみたら、おそらく多くの方は説明責任を果たせないのではないだろうか。質問する側も質問される側も未熟な現状で行われる先与概念の付与、これが鍼灸界で起こってきた現実であろう。

…ということをふまえた上で、では「中医鍼灸」とは何か、「日本鍼灸」とは何か、という所からスタートすべき、あるいはそういったカテゴライズそのものを払拭してしまうべきなのではないか、というのが当方のスタンスである。

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先生は自分の治療について私の治療は中医学に基づくものではないが、兵頭明先生が師匠であり、中医派ということになるのかと思う、と現在の治療について説明された。先生は中医学も学んでおり、また、経絡治療学会からの依頼を受けて『経絡治療』誌を4年余り編集製作していたという経験から、どのような考えを持たれているのか、両者をよく知るということで、大変興味があった。

 

先生は、治療は治せるかどうかが最も重要であり、理論はその後付けに過ぎないのだ、そして、流派をカテゴリー化することは、鍼灸にとってあまり良い方向には向かわず、お互いを批判しあうようになるのではないかと述べられた。確かにそのようなことは言えるだろう。

さらに鍼灸は一般的に実践的なもので、治せればよいのであり、治効理論解釈することは難しく、そこまでやっている人は少ないのではないだろうかともいわれていた。

 

しかし、私はそこで止まってはだめだと考えている。

鍼灸治療が医療としての信頼を得るためには、診断や治療が一連の理論的な根拠のもとに行われているということは必須の条件であると考えている。

 

中医学はその点からいえば正に診断治療が体系化された理論と言えるだろう。また、中医学理論は様々な西洋医学的な検査や所見を解釈できる唯一の理論と考えている。現代医学をどのように東洋医学の中で解釈し、利用していくのか、このことが最も重要であり、それができるのが中医学であると私は考えている。

 

 

次に、『経絡治療から見た中医学』岡田明三氏(経絡治療学会会長)の講演から、

まず、経絡治療について解説された。その後、中医学について意見を述べられた。

 

以下学術抄録から抜粋

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経絡治療は素問、霊枢、難経など中国古典医学書を柳谷素霊等により体系化した日本鍼灸である。

①すべての病、症状を経絡の変動とみる。その虚実を四診によって決定(証の決定)する。

②虚する経絡は補い、実する経絡は寫す。主証に対する治療を本治法。その他の治療を標治法という。

③治療(本治法への補寫)は難経69難または75難による。

・四診

望診:神気(治療の可否)、五色、艶

聞診:五音、かすれ(神気)

問診:五味、主訴、睡眠、食事、大便

切診:1.脉診

2.詳細な脉診

3.切経(脈診結果の検証)

・証(虚実)の決定

・選穴

・切経と取穴

・治療

1、本治法 2、局所治療 3.募穴刺鍼 4、背部兪穴刺鍼

・最後の検脉

 

中医学は複雑な診断をしてはいるが、最終的には主治証に対する主治穴治療となっている。診断は湯液系と鍼灸系は同じであるが、導きだす証が湯液系と鍼灸系では違う。鍼灸に限れば日本では四字熟語は日本語に訳された方が良いのでないかと考えます。

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実は私も経絡治療から鍼灸の道へと入った一人である。二階堂塾という岡田先生の経絡治療とは少し異なるが、主に脈診と腹診を中心に診断し、運気論を重視した経絡治療の一流派である。

 

私がなぜ中医学にひかれたのかというと、経絡治療が主に脈診と腹診の切診という主観的な所見を診断や治療の根拠としているのに対して、中医学は四診法という客観的な診断も含めた多くの情報から診断ができるというように、より客観性を持って診断治療ができるという点にあった。これは診断や治療の情報をデータとしてより可視化しやすいということである。このことは西洋医学的な治療や所見も中医学的に理解し解釈して中医学的にデータ化することも可能となるのではないかと考えている。

 

また、中医学も経絡治療同様に素問・霊枢・難経などの古典をベースとしているが、そもそもこれらの古典はすべて中国のものである。そこから生まれたものということからすると経絡治療も中医学の一部ということも言えるのではないだろうか。

 

中国では、現代に至るまでに著明な医家が臨床の中での経験から様々な医書を残してくれている。その上に作られたのが今の中医学理論である。歴史の長さと経験の量が違うのである。

 

治療法については、“最終的には主治証に対する主治穴治療となっている”と岡田先生は言われているが、確かにそのような傾向はあるが、中医学は弁証論治に基づくものであり、対症療法のようなものではない。本治と標治を弁別し、治療を行うことを重視しているのが中医学理論である。

その他の意見については改善しなければならない点であるといえるだろう。

 

私は愛媛中医学研究会を主催しているが、そもそもこの研究会を起こした大きな理由の一つに専門用語の共通化ということがある。同じ鍼灸の専門用語であるのに、流派により意味は異なる。また様々な用語が使われており、共通化が必要と思われる。経絡治療学会でも、例えば、腎虚寒証などという用語が近頃はよく使われているようだ。このような言葉は以前はなかった用語である。これは腎陽虚証のことであると思われるが、あえて別の用語を用いる必要もないと思われる。専門用語を共通化してともに討論し、鍼灸の発展のための環境づくりが望まれるところである。

 

 

中医実践者は中医鍼灸をどうみているか~中医鍼灸の実態調査アンケートより~ 井ノ上匠(中医臨床誌編集長)

 

この講演についてはスペースの問題から省略させていただきます。

 

最後に『日本における中医鍼灸の実践』金子朝彦氏(三旗塾)の講演である。2日目にも講演があったのでそのことも含めてここで紹介したい。

 

金子先生は中医学の特徴を下記のように述べている。

 

以下学術抄録から抜粋

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中医鍼灸の特徴は弁証論治と穴性論を全面に押し出した点にあると考えている。この2点を踏襲すれば、和鍼を使おうが、灸のみで勝負しようが中医鍼灸の枠内であることには変わりはない。後は地域の異なりやその地の人の気質・体質の違いが、治療道具や技法に反映すると考える。

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私は“中医学とは、人体を中医蔵象学理論に基づいて理解する学問である。”と考えています。つまり、治療の道具に規定されるものではなく、人体をどのように理解するかということが重要であると考えています。

 

しかし、中医鍼灸は鍼灸を用いて治療するものであります。鍼灸という道具の特徴の上に臓腑経絡理論も変化し、今に至っていると考えられます。鍼灸という道具の特徴が臓腑経絡理論を作ったともいえるでしょう。道具から理論が生まれ、その理論を使って治療が行われ、またその道具の特徴が理論を変えていくという作業が長い経験の中で行われてきたのでしょう。しかし、湯液はどうだろう。その道具は鍼灸とは異なるものである。鍼灸は外から作用し、湯液は内から作用する。それぞれ作用天が異なることから、治療機序は異なる。岡田先生が指摘していたのは、このことも含めてのことだろう。それぞれに特徴的な理論が生まれ、それらをどのように解釈するのかということだろう。しかし、中医学は中医蔵象理論に基づくものであるということで、一つの大きな枠組みとして解釈することができるのである。

補瀉についても述べられていたが、あまりにも長くなり過ぎたのでこの辺りにしたい。

 

2日目の講演後の質疑応答で次のような回答があった。少し気になったので書いておきます。

 

心血虚と脾気虚がある場合(心脾両虚)に、心血虚と脾気虚を分けて治療を行うというような説明がありました。具体的には、脾気虚から発生したものと心血虚から発生したものでは治療は異なり、例えば、脾気虚から発生したものであれば、脾気虚を重視した治療を3日ほど行い。その後心血虚を重視した治療を行うというように、二つの章に分けて治療を行うというような説明がなされました。

 

私の治療とは少し異なるようです。

心脾両虚であれば、心血虚と脾気虚を別々に考えることはしません。心脾両虚という証に対して治療を組み立てます。脾気虚の下痢の時に風邪をひいてしまったというような場合はこれとは異なるケースです。この場合は、二つの病院病機を分けて考える必要があります。病邪の伝変とは異なります。また患者の主訴が重要となります。

 

一つの病院から生まれたものは一つの症候としてとらえて治療します。二つの原因が作用している場合は、病院病機を時系列的に考えます。体は一つですので、体質・体力等をまず考え、それからそれぞれの病因病機を考え、そして患者が最も重視している症状をとりあえず改善することを考えます。それが苦痛を伴う症状などであれば、とりあえずそれらを軽減するための標治をどちらかというと前面に出した治療から始めます。その中で本治を重視した治療を組み立てます。

補瀉についても言及していましたが、長くなったのでこの辺で終わりとします。

 

 

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