李世珍先生の鍼灸から何を学ぶか|松山市の鍼灸院|半身不随、うつ病、がん、不妊症

中医鍼灸 越智東洋はり院

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李世珍先生の鍼灸から何を学ぶか

掲載原稿一覧 2015年07月01日

掲載雑誌:中医臨床VOL.22-No.4

はじめに

中医学は大変長い歴史を経て積み上げられ作られたものです。その間常に一貫した変わらない統一体観―天人相応論、哲学観―陰陽五行思想などの基本的な考え方に基づいて発展進歩してきました。先人達が「強い信念」と「高い志」を持ち続けてきたからこそ現在の中医学があります。李家家伝針灸は正にこの「強い信念」と「高い志」に支えられ五代に渡り受け継がれ発展してきたものであります。「針薬同功」の考えの下、穴の効能を研究してきた李家の先生方の熱い思いが伝わってきます。

今回『李世珍先生から何を学ぶのか』というテーマを頂き、先ず私の頭に浮かんだことは理論的なことではありませんでした。先生が臨牀に向かわれる姿勢、患者さんと接している先生の姿が思い出されました。先生の人柄が臨牀に向かわれる姿から感じ取ることができました。それは素朴さであり、頑固さであり、好奇心の塊でした。先生の下で研修させて頂き、臨床家とはどのようにあるべきなのか、臨牀かとして最も重要なことを学ばせていただきました。学術的なことはもちろんですが、臨牀家としての先生の姿に一番尊敬したことをマズお話しておきます。

去る9月15日・16日に私共愛媛中医学研究会は、李家家伝針灸の四代目李世珍先生と五代目李伝岐先生を愛媛県松山市にお招きして、愛媛中医学研究会10周年記念大会 日中中医学学術交流会を開催しました。その大会を通じて参加者から大変多くの質問や意見を頂きました。そのほとんどが李家家伝針灸取穴の少なさと針灸補瀉手技についてのものでした。具体的には「少数取穴で本当に治るのか」、「補瀉手技はどのように行なうのか」この2点でした。

針灸治療では弁証から実際に治療するまでには、証の決定→治則の決定→治法の決定→配穴の決定→補瀉手技の決定の手順を経ます。各段階は一連のものであり全ての段階は系統的に結びついているため、そのどの段階に誤りが生じてもその治療は誤治となります。この一連の手順の中で家伝針灸の最も特徴的なものが弁証取穴による配穴と滞針による捻転補瀉法です。李家家伝針灸を理解するためには両者の関係とその根本理論を理解する必要があります。また、そこで今回は、弁証取穴による穴の整体効能を発揮するためのキーポイントとなる針灸の命ともいえる補瀉法の決定の基本的な根拠となっている考え方を四つの項目に分けて説明し、補瀉手技の概要を表記します。

(一)治療法則により用いる補瀉法

「治療法則は補瀉法の運用に依拠し、また補瀉法の運用は治療法則の具現でもある」

弁証から導き出された治療法則は、補法を用いるのかそれとも瀉法を用いるのかを示しています。穴の整体効能は弁証論治の下に成り立っているので、弁証の正誤はとても重要であり、導き出された各治療法側は補瀉を決定する根拠となります。その補瀉法を行なうことにより穴の整体効能を発揮することができるのです。

例えば、滋補肝腎には補法、平肝熄風には瀉法、大補元気には補法、開竅啓閉には瀉法、気血双補には補法を各々施す。清降胃火のもの瀉すべし補すべからず、補益心脾のもの補すべし瀉すべからず、行気活血のもの瀉すべし補すべからず、等。

(二)穴の特性により用いる補瀉法

「穴は一般治療法則を備えているが、ある一部の?穴はそれ自身の特殊性をも備えている」

穴には一般治療法側(局部取穴における局部効能・循経取穴における遠部効能)と呼ばれるものの他に、ある一部の穴には更に特殊性があることを重視し、その特殊性を考慮して補瀉法を運用すべきである。

では穴にはどのような特殊性があるのでしょうか。穴には、表証を上手く治療する?穴も有れば、裏証の治療に長けた?穴も有る。補法を多用する?穴も有れば、瀉法を多用する?穴も有る。補は有るが瀉の無い?穴も有れば、反対に瀉は有るが補の無い?穴もある。臨床ではこれらの?穴の特殊性を利用した補瀉法を用いるのであるが、具体的に復溜穴と太衝穴を例として説明します。

復溜穴

補法をよく用いる。腎経の母穴であり、五行では金に属し、金は水を生じる。故に滋陰補腎“水の主を壮し、以って陽光を制す”の作用がある。腎は先天の本であり、真陰を蔵し元陽を寓す、只固く蔵し、漏らすべからず。腎は多くは虚証であり、表証や実証は無く、腎の寒は腎陽不足、腎の熱は腎陰不足にその責を負っている。腎は五液を主るので、心肝肺胃等臓(腑)の陰液不足は、多く腎陰不足と関係している。腎陰不足の水不涵木―肝陽上亢、水不上承―心腎不交、子盗母気―肺陰耗傷、胃熱熾盛が腎陰を傷つけたもの、及び傷寒少陰病の黄連阿膠湯の証、温病中の気分証熱盛傷津型や血分証候の虚熱型等は全て本穴を主穴とし或いは本穴を補して配穴もできる。これにより本穴に補は有っても瀉はない。

太衝穴

多く瀉法を用いる。肝経の原穴であるからである。原穴は補すことも瀉すことも出来るが、肝病の多くは実証であり、肝の実の多くは肝気鬱結、肝火上炎、風陽妄動や寒滞肝脈である。肝の虚の多くは腎陰不足、水不涵木、或いは肝鬱化火、火盛傷陰が肝陽上亢、肝風内動に到ったものなどである。故に肝の実証には多く本穴を取り瀉す。肝の虚証では補益腎陰と同時に、本穴を配して瀉し平肝熄風、平降肝火を補佐する。これにより以上の総ての証は本穴を取り瀉して、疏肝理気、平肝熄風、清降肝火(透天涼を配す)や温肝理気(灸を併用)に用いる。肝脈は陰部を巡り、下腹部に至り、季肋部に分布し、目系に連なり、上って頭頂に交わる。以上肝経の循行する所の病変は、実証が多く見られるので、弁証取穴や循経取穴に多く本穴を取り瀉すのである。故に本穴には瀉は有るが補は無い。

(三)穴の機能により用いる補瀉法

「各穴にはその効能作用があるが、この種の効能作用は静止に属し、臨床での?穴の機能の発揮は補瀉手技によって完璧なものに出来るのである」

穴には先ほど述べた全ての穴が備えている一般治療法側と特殊性治療法側の二つの機能があります。これらの機能を発揮するためにはそれぞれの治療法側に適した補瀉法を行なわなければなりません。つまり補瀉法が?穴機能を発揮させる事が出来るかどうかを決定する重要なポイントなのです。

ある一部の穴は複数の機能を備えています。しかし、それらの作用を完璧に発揮させるためには複数の機能を考慮した補瀉法を行わなければなりません。そこで用いられるのが先瀉後補法です。

例えば、下痢と腹脹を伴う脾胃虚弱の患者に足三里と陰陵泉に捻補を行ったところ腹脹が悪化し、更に下痢が便秘となった。足三里と陰陵泉の処方は補法により補益脾胃の脾胃虚弱に対する処方です。しかし、足三里には瀉法を用いると和胃暢中作用もあります。捻補が過ぎたために反って腹脹を悪化させたのだと、李世珍先生はおっしゃいました。腹脹を伴う患者には足三里は先瀉後補法を選用し、補瀉量を考慮しなければなりません。また、透天涼や焼山火を配したり、灸を併用することによってより効果的にその穴の機能を発揮させることができるのです。具体的に三陰交と足三里を例に挙げて説明します。

三陰交

作用:補血分之虚、行血分之滞、清血分之熱、活血分之…《血証要穴》
補法         →養血育陰、益脾止血
瀉法         →活血、通経活絡
先瀉後補       →活血、生新
瀉法配透天涼     →涼血行血、清血分之熱

足三里穴

作用:健脾養胃、健脾益気、補脾益腸、和胃暢中、通腸導滞、温化寒湿、温胃散寒・温補脾胃補益後天(脾胃腸病治療の常用穴)
補法         →健脾養胃、健脾益気、補脾益腸
瀉法         →和胃暢中、通腸導滞
灸或いは補法配焼山火 →温補脾胃
灸或いは瀉法配焼山火 →温胃散寒、温化寒湿
長期の灸       →温運中焦、養益後天、防病抗疫、健体益寿

(四)針灸処方により用いる補瀉法

「針灸処方は治療法則に依拠してきた。穴の機能は同じでは無く、組み合わされて異なる針灸処方が構成され、異なる補瀉手技は針灸処方に全機能を発揮させる鍵となる。」

治法は証に随い導き出され、穴は治法に随い配すれば、その治療は当然良い効果が得られます。弁証から選穴され組み合わされた処方は、一つの穴だけでは発揮することができない処方が持つ共同作用により、整体治療効果を発揮します。これこそが針灸が持っている不思議さであり、すばらしさであり、また難しさでもあります。これは、弁証に基づいて取穴する弁証取穴による整体治療により発揮することができるものであり、局部取穴や循経取穴による対症治療では決して得られない効果です。弁証取穴の整体治療は伝統的循経取穴の対症治療に比べ、取穴が少なくてすみ、運用が柔軟であるため、応用範囲も広く、効果も現れやすい。

李家家伝針灸は「針薬同効」という基本的な考えの下、針灸処方で薬の効果を発揮させることを研究してきました。その代表的なものが書きに示した針灸処方です。しかしこれらもまた、各々の穴に適切な補瀉手技を行なうことによってはじめて処方が持つ全機能を発揮することができるのです。

 

《鎮肝熄風針方》

処方:太衝(瀉)、風池(瀉)、復溜(補)
作用:鎮肝熄風、滋陰潜陽
主治:肝腎陰虚→肝陽上亢及び肝腎陰虚→肝陽上亢→気血逆乱の病証
方解:太衝は瀉して、平肝熄風。
風池は謝して、清頭脳の熱、熄風潜陽。
復溜は補して、滋陰“水の主を壮し、以って陽光を制す”。
◎この処方は鎮肝熄風湯の効能に類似しているので、鎮肝熄風針方と称す。

 

《玉女針方》

処方:内庭(瀉)、復溜(補)
作用:清胃滋陰
主治:胃熱傷陰の病証
方解:①内庭は瀉して、陽明胃火の有余を清す。
②復溜は補して、少陰腎水の不足を潤す。
◎玉女煎の効果に類似するので、玉女針方と称す。

 

《八珍針方》

処方:合谷(補)、三陰交(補)
作用:大補気血(気血双補)
主治:気血虧虚の病証
方解:合谷は補して、気を補う。
三陰交は瀉して、益脾養血。
◎八珍湯の効能に類似するので、八珍針方と称す。

まとめ

上記の内容からもわかるように、李世珍先生は、単に弁証が明確で治則が当を得て選穴組方が正しいことが必要であるだけでなく、その補瀉手技の運用をとりわけ熟練し掌握しなければならないことを指摘しています。日本の鍼灸師が日頃あいまいにしがちな補瀉手技の大切さを再認識すべきことを教えていただきました。

李世珍先生はよく「針薬同効」という言葉を使います。この言葉の意味は針灸治療と中薬治療の効果は同じであるということです。先生は日ごろからこの事を最も主張しています。某薬の処方はどのような針灸の処方をすれば同じ効能が発揮できるのかということを臨床を通じて現在も研究されています。

中医学は弁証により「証」を導き出し、その証に随って治療を行ないます。弁証に基づいて取穴視処方を組み立てるのです。針灸も中薬も同じ証であれば、もちろん治療原則も同じであるはずです。臨床の中で針灸と中薬を用いている中国の中医師にとってはこの中薬処方は鍼灸の処方ではどのようになるのだろうかと針灸と中薬を結び付けて考えることは当たり前のことと言えるでしょう。

しかし、日本では免許制度の違いにより、鍼灸は鍼灸師免許を必要とし、中薬は薬剤師免許を必要とします。また学術的な問題、つまり鍼灸による穴刺激と中薬という治療方法の違いにより、治法にそれぞれ特徴的な用語が使われます。これらの理由により現在の日本では鍼灸と中薬は同じ中医学の治療法でありながら、それぞれが独立した治療法として考えられ行なわれることが多いようです。中医学を考える時、鍼灸と中薬を組み合わせて治療する事ができれば、より高い効果が得られることは間違いありません。研修や臨床の中で鍼灸と中薬を一つの中医治療として考えることにより、中医治療の更なる進歩と発展が得られることでしょう。本来の総合的な中医治療の効果を発揮させることができるでしょう。李世珍先生が主張される「針薬同効」の研究はこれからの中医治療の発展進歩の重要なキーポイントとなることでしょう。

李世珍先生に「六代目は決まりましたか」と尋ねると、「決まっている」と答えられました。これからも李家家伝針灸は長く受け継がれ更に発展進歩し続けて行くことでしょう。李家家伝針灸の更なる発展をお祈りいたします。

最後に李世珍先生の言葉をご紹介します。

「総之,医之難,難于辯治,辯治之難,難于辯証,辯証之難,難于認証分型。然,詳診細査,依拠証候群進行辯証,何難之有?」

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