「妊娠悪阻:妊娠つわり」に対する鍼灸治療の一症例 (公社)愛媛県鍼灸師会症例検討会症例発表
講演会・ボランティア活動 2018年01月27日
2018.1.21(公社)愛媛県鍼灸師会症例検討会資料
妊娠悪阻に対する鍼灸治療の一症例
越智東洋はり院 越智富夫
「妊娠悪阻」とは,西洋医学的には,つわり症状がひどく,代謝性疾患などに発展し治療を必要とするもので,全妊婦の1~2%の割合で発生します。そして,西洋医学的に見た「つわり」とは,悪心(吐き気)・嘔吐をはじめとする症状で妊娠5~6週頃から症状が出現し,症状の多くは一過性で妊娠12~16週頃までに自然に消失する。50~80%の妊婦が経験し,初産婦に多い。つわりの原因は明確にされていないなどの特徴があります。
中医学的には,胎産病(妊娠病:妊娠時期に発生し,妊娠に関連して起こる症状)の一種と位置づけられ,妊娠初期は(妊娠3ヶ月より以前),衝脈の気が旺盛になり,胃気を犯して上がりやすく,胃失和降となるため,悪心・嘔吐・食事の好き嫌いが出現するもので,妊娠初期においては特に,生理的におこる側面もある症状である。特に,悪心(吐き気)・嘔吐といったつわり症状は「妊娠嘔吐」とに分類され,『諸病源候論』には「悪阻(おそ)病」,『産室』には「子病」,『太平聖恵方』には「妊娠病」,『本草綱目』には「妊娠悪阻」,『坤元是宝』には「病食」などと記載されており,俗に「病児」と呼ばれ,鍼灸治療の対象 として治療されてきました。
証候を分類すると,①胃気虚,②胃陽虚(胃寒),③痰飲,④胃熱,⑤肝火(肝胃不和)などに分類することができます。
今回、不妊治療から妊娠に至り、その後も継続して治療する中で発生した妊娠悪阻の一症例を紹介する。
女性38祭主婦
【症 状】
主訴:妊娠悪阻(悪心嘔吐)
その他の症状:食欲不振,足の冷え
【現病歴】
某産婦人科で二年前から不妊治療を受け,これまで体外受精を4回行うが,3度目に一度妊娠し,10週目で流産している。今回5回目の体外受精にに合わせて当院に赴任鍼灸治療を求めて来院した。
妊娠後,2週目ごろからつわりが発生。吐き気と嘔吐があり,食べるとすぐ吐き,水曜物を嘔吐し早朝がひどい。その他,顔色が蒼白で,味がなく,舌質が淡・舌苔が白膩・脈が沈で無力などの虚寒の症状も観られた。【弁証】痰湿挟寒型の妊娠悪阻
【治 法】
温化痰飲・降逆止嘔
【鍼灸治療】
初診は11月10日。11月10日・11月24・12月4日は不妊症の治療。12月5日は産科で肺移植,15日に妊娠確認。16日は妊娠確認の翌日なので,関元,三里,子宮(温補法)を行う。1月6日・16日つわりの治療。三里,公孫,内関に刺針し,衝脈を調和し,胃の和降機能の改善を図る。また,還元,陰陵泉に刺針し,温灸を加えて,温化痰飲を図る。
【考察】
この患者様は妊娠前から冷え性で,比較的太り気味であり,軟便でおなかが張り,腹痛などの症状があることから,胃虚弱(胃陽虚)のもともと痰湿ができやすい体質であると考えられる。生理的なつわりは妊娠することで,衝脈の気が盛んとなり,衝脈は陽明に属しており,衝気が胃に上逆して脾胃の証候機能が失調して発生する。妊娠悪阻については,水曜物を嘔吐し早朝がひどいことなどから痰湿挟寒型と弁証した。その他,顔色が蒼白で,味がなく,舌質が淡・舌苔が白膩・脈が沈で無力などの虚寒の症状も観られた。
鍼灸治療については,3回目の肺移植で流産していることからしっかり患者様とインフォームドコンセントをとり,心理的なサポートも行い細心の注意を払って行った。1回目の治療後すぐに吐き気などの症状は軽減したが軽いつわり症状は続いている。今後の治療は悪心・嘔吐に対する衝気を降ろし,脾の運化を健かにし,胃気を和す妊娠悪阻に対する治療を継続しながら,本治となる脾胃虚弱に対する治療を中心に行う。
一般的にはつわりは生理的なものと考えられ,放置されることも多く,半数以上の人が経験するにもかかわらず,西洋医学では,下手に薬が使えないことから対応が難しい症状の一つとされている。しかし,鍼灸治療は生理的な軽い妊娠悪阻から何らかの対応が必要となる病的な妊娠悪阻まで対応が可能である。更には妊娠から出産,そして小児針と継続的に鍼灸治療は対応できることから,この分野の西洋医学の代替医療としての意義は大きいと考えられる。